大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和29年(う)519号 判決

被告人 関直行

〔抄 録〕

記録に徴せば、本件各詐欺の欺罔手段として、起訴状が「第一、………代金支払の意思なく且つ株式会社丸三商店は実在せずその経営者でもないのに、そのように装い桐生市宮前町株式会社丸三商店関直行の名刺を差し出して「藤野義彦の紹介で来たが衣料品を取引して呉れ」と虚構の事実を申し向け同人(溝原忠志に当る。以下同じ)をしてその旨誤信せしめ………」「第二、………前項同様に装つて前記営業所に於て右溝原に対し代金は六月十七日に必ず支払うからと虚構の事実を申し向け同人をしてその旨誤信せしめ………」「第三………前項同様に装つて松尾十九蔵を前記営業所に差し向けて右溝原に対し「代金は関直行が後から直ぐ持つて来るから品を出して呉れ」と虚構の事実を申向けさせて同人をしてその旨誤信せしめ………」と記載したのに対し、原判決は、この点について訴因変更手続を経由しないで「一、代金支払の意思なく且つ桐生市宮前二丁目千七百七十九番地所在株式会社丸三商店は事実上解散して営業中止の状況にありたるに拘らずこれを秘し絹人絹織物買継商株式会社丸三商店関直行の名刺(昭和二十八年証第九三六号の一)を交付し私の会社は他の品物の製造はしているがお宅のものは作つていないので売らせて呉れ代金は直ぐ持つて来るから二三日待つて呉れ旨虚構の事実を申向け同人をその旨誤信させ………」「二、………溝原が判示一の如く誤信し居るのに乗じ前記代金として金二万円を差出しこれで我慢して呉れ残りの金は十六、七日頃持参するその時今作つているワンピースを持つて来るから買つて呉れ買は買、売は売として別にしよう見本と代金は持つて来るから品物を出して呉れ旨虚構の事実を申向けて同人を其の旨誤信させ………」「三、………同人に対し被告人松尾十九蔵は前記代金の内金として金四万円を差出し残金は間違なく今月二十三日か二十五日迄に決済するから我慢して呉れ註文書記載の品物を出して欲しい旨虚構の事実を申向けて右溝原を其の旨誤信させ………」と認定判示していることは洵に所論のとおりである。よつてこの訴因として掲げられた起訴状記載の本件詐欺の欺罔手段と原判決のそれを比較検討するに両者はいずれも犯罪事実としては同一の詐欺の事実であつてこの間に所論のような事実の同一性を害するところの毫も存しないことは、その記載自体に徴し洵に明瞭であり、又原判決の認定したところは、起訴状が訴因として掲げたところを一層具体的に且つ詳細に判示したに過ぎないものであつて、その詐欺の欺罔手段の態様として些かも異なるところはなくその法律上の構成においても格段の影響を及ぼすものとも認められない。従つて被告人の防禦にふい打を喰わせこれがため特段の不利益を蒙らせるような事情の存することも記録上窺えない。なるほど、第一事実において起訴状が株式会社丸三商店は実在せず経営者でもないのにといつておるのに対し原判決が右商店は、事実上解散して営業中止の状況にありたるに拘らずと判示していることは、私法上の観点からすれば、前者は法人の不存在を意味するのに対し後者はその存在を肯定しているのであるから、一見甚だしく事実が相異する如くであるけれども、両者の意味するところは、要するに株式会社丸三商店なる法人が現実に積極的な取引をしていないのに、従つて、本件取引は被告人と原審相被告人松尾のいわば個人的な取引であるのに恰も別個の法人格である丸三商店の取引である如く装いこれを相手方に対する欺罔手段に供したことを表現せんとしていることが明らかであるから、その間に具体的な事実関係を異にするような点は存しないのであつて、この点に関する所論は要するに全く独自の見解に立つて正当な原判決の措置を攻撃するに過ぎないものである。果して然らば以上述べたところにより、この程度の起訴状記載の訴因とその表現において異なる原判決のような認定をするには訴因変更手続を採るの要のないものといわなければならない故に、原判決には所論のような理由不備乃至は審判の請求を受けた事件について審判をせず又は審判の請求を受けない事件について審判をした違法は存しないものといわなければならない。

而して原判示詐欺の各犯罪事実は、原判決挙示の各証拠により優にこれを肯認するに足り記録を精査検討するも原判決には事実認定に過誤ある廉を発見できない。所論のように原判示名刺の交付や「藤野の紹介で来た」との言葉その他一連の言動のうちの一部のみを抽き出してみればそれだけでは詐欺の欺罔手段としては何らの意味のないことと考えられるのであるが、一連の言動を一貫して前後を通じて考察すれば、これによつて相手方の意思決定に影響を与え原判示の如く欺罔手段とすることは毫も妨げあることなく、本件においても原判決挙示の証拠によればこの被告人等の言動により原判示溝原忠志が欺罔されたことが明瞭に窺えるのであるから、右の認定判示は毫も妨げない。所論は要するに全く被告人に利益な独自の見解により正当な原判決の事実認定を攻撃するに過ぎないものである。これを要するにいずれにするも原判決には所論の指摘するような誤は存しないから、論旨は理由がない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!